Mangio Troppa Cioccolata
1997
BMG/Dischi di Cioccolata 74321 50863 2

 紹介ページではおみくじ風に「凶」などと評したが、実際大スカを引いてしまった。横浜のKさんが主催する「マドレデウス掲示板」に(ポルトガルとは無関係であるにもかかわらず)書き込んだ「そこでの彼女の声域はかなり低く、曲自体もパッとしないものばかりだったので、ガッカリしました」が全てを物語っていると思う。"Vivo per lei" のように抜群の技量と声量によって朗々と歌い上げるような曲は皆無。代わってラップ調の音楽が多くを占めている。喚いているだけと聞こえ一欠片の美すら感じ取れないという理由で私の好みとは全く相容れないジャンルである。ゆえに評価が低くなるのは無理もない。食傷気味の当盤に付けられた「チョコレート食べ過ぎる」という意味のタイトルは何とも言い得て妙である。(ついでながら、このフレーズは3曲目 "Un amore da favola" の歌詞中にも登場するが、上のケッタイなレーベル名と何か引っ掛けているような気もする。「もうこんな会社とはやってらんない!」という気持ちが込められていると考えてしまったのは私だけ?)ほのぼのとしたトラック2 "Che amica sei" と英語曲ながらサビのみ西語で歌われるトラック8 "Sueño latino" が印象に残った程度だった。40点。
 ところで、ジャケットやブックレットに使われている歌手の写真はことごとく坊主頭である。(私が年に3回切るのと同じくらい短いが、いかにも中途半端ゆえ「どうせならシネイド・オコナーみたいに剃ってまえ」と言いたくなる。)しかもガリガリに痩せている。いかにも不健康な感じだが、録音当時のジョルジアはストレスを抱え込んだ挙げ句、円形脱毛症や拒食症に苦しんでいたのだろうか? だとしたら当盤の不出来にも納得がいく。これは想像過多だとしても、後のアルバムで完全復活をアピールしてくれたのは嬉しい限りだ。

おまけ
 黛敏郎時代の「題名のない音楽会」でのことだったが、女性歌手がポップス風のメロディに合わせて「夢見る猫の目、不思議な遊びが踊ってる」と歌うのを聴いて笑ってしまったことがある。言うまでもなくこれはアニメ「キャッツ・アイ」の主題歌のサビを捩ったものである。(王様が活躍する前だった。)我が国の大衆歌への無節操な英語フレーズの挿入を嘆いていた黛がそれを揶揄&批判するために企画した番組でのことである。
 これに対し、欧州ポップスの歌詞中に外国語が登場する場合は、上記 "Sueño Latino" の "En esta noche quiero un sueño latino para encontrarte y decirte qué no te dejaré" が好例だが、文章単位での使用が多く意味はちゃんと取れる。(無意味な単語の挿入を私はほとんど見たことがない。)加えて異国を旅している時とか外国人との会話シーンのような状況下に限られているのではないかと思う。つまり、(語感や文法の類似性だけでなく)それなりの必然性を備えているからこそ(違和感を覚えずに済むのはもちろんとして)非常に効果的なのである。

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