マリア・デル・マール・ボネット(Maria del Mar Bonet)

Cavall de Foc(炎の馬)
1999
PICAP 90 0130-03(Beans Record BNSCD-816)

 手元に日本語帯が残っているが、その「スペイン・カタルーニャを代表する女性シンガー」という文字列にそそられため中古屋で買ったはずである。歌手は1947年マジョルカ島(Mallorca、バレアレス諸島の「大きな島」という意味)の生まれということだが、同地でカタルーニャ語(català、西語式に綴れば "catalán")が話されているとはその時まで知らなかった。
 ところで、カタルーニャ語が主にスペインで話されているのは言うまでもないが、その響きはカステリャーノ(いわゆる西語)と較べればずっと滑らかだし、ブックレットで字面を眺めても明らかに他言語っぽい。(例えば後で触れる有名曲「鳥の歌」の原題は "El cant dels ocells" であるが、「鳥」は西語の "pájaro" あるいは葡語 "pássaro" よりも伊語の "uccello" や仏語の "oiseau" に断然近い。)さらに母音で始まる単語が直前の冠詞や前置詞その他と結合されている。ゆえに、当盤を「西語圏の音楽」に入れても良いものか大いに迷った。だが、結局は歌手名 "Maria" の“i”にアクセント記号が付いていないことが(自分でもようわからんけど)決定打となった。「その他の地域」に分属させる。
 戻って、マリア・デル・マール・ボネット(フルネームはMaria del Mar Bonet Verdaguer)は1969年のデビュー以来、既に30枚近くのアルバム(うち国内盤も数点リリースされている)を発表し今も現役。ca.およびes.wikipedia.org掲載のディスコグラフィによれば、歌手30歳時に録音された本作は23番目とのことである。故郷マジョルカ島の他、カタルーニャおよびバレンシア各地の民謡12曲が収録されている(トータル約41分)。
 1曲目 "S'espadella" のアカペラから既に十分年季の入った歌唱を聴かせてくれる。休みなしで次の "So de pastera" に突入。だが、この時点では特に感銘を受けるようなことはなかった。声も歌唱力も「良くも悪くもなし」というレベルに留まっていると聞こえたためである。激しいリズムのギターと手拍子を伴ったフラメンコ風の音楽が当方の嗜好とは少なからず隔たっていることも多分に影響しているはず。だが、続く "El cant dels ocells" で評価は急上昇。独奏ギターのみによる味わい深い歌唱に泣けてきた。この曲はパブロ・カザルスが好んで演奏し、1971年(94歳時!)の国連本部での伝説的演奏によって一躍有名となった。(平和への願いを伝えるため1945年からレパートリーに採用したらしい。)それ以来、多くのチェリストがアンコール・ピースとして弾くようになり、私もクラシックのTV番組で何度か耳にしている。しかしながら、当盤を通して初めて真に名曲であると理解できたことをここに告白する。これは紛れもない超名唱である。「歴史的」と称えたいほどの。(ただし、ヴォカリーズの合唱が途中までは非常に効果的ながら最後はうるさく感じてしまったのが惜しい。)
 ところが、当盤ではこの曲がピークとなっているような感がある。トラック4以降にそれ以上、もしくは同等の好印象を抱くことがなかったからである。(なので記憶には全く残らなかった。)それは今回の試聴でも同じ。時に脱力感まで漂ってくる彼女の淡泊な歌い方は、曲調が気怠い感じの "El cant dels ocells" では見事なまでに功を奏していたのだが、パンチの利いた舞踊系音楽との相性はイマイチという気がしてならない。ローカル色の薄いトラックほど聴き応えがあった。特に10曲目の "Com un mirall" と次の "La dama d'aragó" は出来が良く、当盤中でナンバー2と3を争っていると思う。(100×1+90×2+80×9)÷12という計算式により、83点(3が無限に続く小数部を切り捨て)としておこう。

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