アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)

Romanza(ロマンツァ)
1997
Philips/Sugar Music PHCP-11051(456-456-2)

 既にドゥルス・ポンテスの "Focus" およびサラ・ブライトマンの "Time to Say Goodbye" のページで触れていたし、それ以前に男性歌手ゆえ執筆する意欲が湧かなかったのであるが、なかなかの名盤ゆえ一応は評を残しておこうと思い立った。なお当盤の2年後に発表された "Sogno"(邦題「夢の香り」)の印象はパットせず、購入後間もなく手放してしまったことは既に他ページに記した通りであるが、以降の作品にも食指はまるで動かない。夏川りみとのデュエット曲 "Somos novios" を除いて。
 トラック1は "Con te partirò"、こっちが原曲である。食事中にそれを聴いて感動したサラ・ブライトマンがデュエットを申し出たというエピソードがライナーにて紹介されているが、そうして録音されたのが大ヒット曲 "Time to say goodbye" という訳である。(なお執筆者はまたしても伊藤史朗だが、サビの冒頭部のみを英語に変えただけにもかかわらず「英語版」としているのは全くいただけない。)ここで両ヴァージョンを比較すると、私にはあらゆる点でボチェッリのみのオリジナルが勝っていると思われる。(ブライトマンのヘタクソ伊語発音については既に指摘したので割愛する。)まず "Time to say goodbye" という曲名がいかん。中身を反映するべく忠実に命名された "Con te partirò"(君と旅立とう)は問題なしだが、「さよならを言う時」だとパッと見では正反対の意味に、つまり別れの曲と取られてしまう恐れアリではないか! 実際には「(皆に)さよならを言って、それから君と旅立とう」という順に歌われているとはいえ、おおよその中身が判るようなタイトルを付けなければダメだ。これは悪質な改竄ではないかとすら私は思っている。そもそもこんなフレーズ要るかぁ? 外国語の挿入はいかにも唐突。サビが2度とも "Con te partirò" であっても全然構わんと思うぞ。次にデュエットの方は女性歌手が望んだのかもしれないが、弦楽合奏や打楽器群までが加わる伴奏はあまりにも豪華すぎる。いつしか「そういう曲じゃないだろ!」と言いたくなってくる。(ひっそりと誰にも知られず2人で異国に渡る直前の心境を歌っていると私は考えている。)やはり抑制の利いた "Con te partirò" の伴奏でこそ歌手が生きるのだ。そしてボチェッリの歌は時折音程が不安定になるものの常に朴訥である。口数は少ないけれど意志が並外れて強い男性による決意表明を聴いているようで清々しい気分になれる。
 以降も佳曲揃いながらコメントは一部に留めたい。トラック5 "Caruso" は、この曲を一躍有名にしたパヴァロティのカヴァーよりも強い感銘を受けた。次の "Le tue parole" が当盤で最も気に入った曲。実にさり気ない曲調だが、これが歌手の声質とぴったり合っているような気がする。タイトル曲 "Romanza"(トラック10)も同様。これほど爽やかな歌唱はそうそう聴けるものではない。ラス(同14)前の "Miserere" についても少し。ライヴ収録である。ライナーによると、ボチェッリが歌っていたデモテープを聴いて心動かされたパヴァロッティは、作者ズッケロ(イタリアの人気ロック歌手)に向かって、これからレコーディングに臨むことになっている自分よりも彼の方がデュエット相手にふさわしいと進言したらしい。結局は予定通りとなったが。実はかつて毎年リリースされていたチャリティ・アルバム "Pavarotti & Friends" にて私は2人の歌う同曲を聴いたことがある。が、当盤収録のカヴァー(ジョン・マイルズと共演)の印象はそれに勝るとも劣らないものだった。既に述べたようにボチェッリの声は時に揺れる。失明後は音楽に専念できなかった(法学部を出て弁護士として活動)ことも影響しているだろうが。しかしながら、それが却って得も言われぬ迫力を出すことに貢献している。その点では先の "Miserere" 以上といえる。結局のところ最後の "Time to say goodbye" 以外は文句なしということである。略式(手抜き)採点法により93点(14/15)とする。
 なお、当盤によるブレイク後、ボチェッリはクラシック分野にも引っ張り出されるようになった。だが私は彼の歌うオペラのアリア(たしかプッチーニだった)やシューベルトの「アヴェ・マリア」などをテレビで観てもまるで感心できなかった。例の芸風が裏目に出てグロテスクと聞こえてしまったからである。やはり「餅は餅屋」をわきまえた方が良くはないだろうか?

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