THE BEST 1000 ジョーン・バエズ
2007
Universal International(A&M) UICY-90498

 まずは西語曲に対するコメントから。本来なら涙なしには聞かれないはずの超名曲 "Gracias a la vida"(トラック9)なのに、バエズは淡々と流しているといった感じである。あまりにも素っ気ない。これでは作詞作曲者のビオレータ・パラはもちろんとして、(彼女の壮絶なる人生の幕引きに対する憐憫の情を込めているのかいないのかまでは知らないが)切々と歌い上げた他の歌手の域にも全然達していない。既に述べたように西語発音はサラ・ブライトマン(英国人)の対極といえるほどにも見事なのだが、曲に対する思い入れが欠けているように聞こえるのは大いに不満だ。なお、反戦歌の「雨をよごしたのは誰」について「ジョーン・バエズの持ち味は淡々と少しずつ盛り上げる訴え方なのです」とコメントしているページを見つけたが、その手法はこの曲には全く向いていないと私は思う。何せパラは発表後間もなく自ら命を絶ってしまったのだから。やはり最初から悲愴感や寂寥感を漂わせるべきではなかったか? 結局は伴奏ハープによる硬質の音色が印象に残っただけである。イントロや間奏部では独特の爪弾き(←決して「つまはじき」と読んではいけない)も駆使していたから、あるいは本当に南米のアルパを使ったのだろうか? それはともかく、ディスクの末尾(トラック16)に置かれた "Guantanamera" にしてもギター片手に気持ちよく歌っている歌手の姿が目に浮かんだだけ。ちょっと脳天気に過ぎるのではないかとクレームも付けたくなる。(これまで数々のアーティストによる同曲を聴いたが、「早くあっちの世界に移り住みたいよ」という厭世観を余すところなく表現したThe Sandpipersが一番である。ところが彼らの "Kumbaya" は単調かつ凡庸そのもので、バエズとの対決では完封負けを喫していたのが面白い。)ちなみに、これら2曲を収めたオリジナル盤(Gracias a la Vida)のリリースは1974年である。先の "In Concert" では "Manhá de carnaval" をはじめ名唱の数々を聴かせてくれたバエズだが、その後10年の間に外国語曲に対する情熱もすっかり冷め切ってしまった、というのはいくら何でも穿ちすぎだろうが。
 一方、母国語による他の14トラックはどうかといえば、これも正直なところ「冴えんなぁ」であった。声域が "In Concert" よりも低いためか持ち味の透明感が大幅に減退しているような気もする。ゴールドディスクに輝いた代表作 "Diamonds & Rust" から採用の8曲(註)をはじめ、佳曲がズラッと並んでいることは認めるのだが・・・・(註:トラック1〜4、6、7、10および13が該当し、それらで当盤収録曲の半分を占める。またオリジナル盤の側から見れば何と8/11という高採択率である。)結局は英語のフォークやポップスに対する私の共感不足に尽きるということだろう。また "In Concert" の収録曲よりも造りが明らかにゴチャゴチャしているため私の好みからはさらに遠くなる。(あちらは簡素を極めた曲調および器楽編成によるトラックのみで構成されているから、それも当然なのだが。)例えば1曲目 "Simple twist of fate" の後半部における押し付けがましい歌い方、あるいは次曲 "Dida" での奇声(気味の声)との二重唱などはアイデア倒れとしか思えなかった。それでもラス前の "Imagine" は流石に素晴らしい曲だと感心した。(呆れられても仕方ないだろうが、私はこれまでオリジナルを通しで聴いたことすらないという人間である。ヨーコ・オノが出演していた富士フイルムのCM (PHOTO ISシリーズ) でさわりこそ知っているけれど。また、山下真治が今の芸名「ヒライケンジ」を名乗る前の「ジョン・レノソ」時代に「あんまりー意味がないー」という替え歌を披露しているのは何度か観たことがある。もっともレノンのハ長調による歌唱が耳に馴染んでいたならば、当盤のカヴァーにおける上方2度の移調に対して違和感を訴えていた可能性は高い。)その他ではピアノ伴奏を主とした "Jesse"(トラック7)および "Never dreamed you'd leave in summer"(同13)のシンプルな美しさに耳を惹き付けられた程度か。とはいえ、駄作皆無の高水準アルバムなのは事実だから80点を付けておこう。二つ折りの紙の内側には「THE BEST 1000」シリーズのラインナップのみ記載されており、歌手経歴や曲目解説などの情報が全く得られなかったのは痛いといえば痛い。しかし、価格相応ともいえる「解説・歌詞・対訳なし」を納得した上での購入であるから、いくら何でもこれを減点対象にする訳にはいかない。「せめてトラックタイムぐらい載せとけよ」とは言いたい気分だが・・・・

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