セシリア・サバーラ(Cecilia Zabala)

Aguaribay
2007
Gobi Music (大洋レコード) 自主レーベルのためかディスク番号は記載なし

 このアルゼンチン人女性歌手(1975年Bs.As.生まれ)の情報をネットのどこで最初に得たのかが思い出せないのだが、海外サイトで試聴したギター弾き語りの印象がまずまずだったのでHMV通販から買った。(マルチバイ割引で2400円ちょっとという価格に不満はないけれど、紹介文中の「癒し系ネオ・フォロクローレ」はいただけない。)
 受け取った品を職場自室のPC(iMacG5)で早速聴こうとしたのだが、挿入したらディスクのアイコンがデスクトップに2つ表示され、うち一方に入っていたのが "Aguaribay.mpg" という名のファイル、つまりタイトル曲のビデオ・クリップ(ボーナストラックとして加えられたMPEGムービー)であった。まずはそちらから視聴することにした。とはいっても厳密にいえば試聴(興味がないので映像は無視)であるが。
 その開始早々に違和感を覚えてしまった。「ヘッ」あるいは「ヒッ」という妙な音が耳に飛び込んできたからである。それも一度や二度ではない。フレーズが終わる度に繰り返される。当初はヘタクソな木管楽器(オーボエかクラリネット)奏者の仕業ではないかと思ったが、一向に止む気配がない。首を傾げつつビデオのウィンドウを全面に出してみて驚いた。ギターを弾いている歌手が自分で発していたのである。シャックリのごとく。(あるいは酔っぱらいの真似をする芸人が時に使う「ヒック」という擬声のようにも聞こえる。)その生理現象が何十年も止まらなかった人の話を聞いたことがあるが、まさかこの歌手も同類ではないかと一瞬思ってしまった。ところがサビや間奏では聞かれないから、これは明らかに故意である。が、その意図は全く不明。日本語オビでは「ときに直感的に発せられたファルセットを交えた唄声が一つの楽器のようにリズムに活力を与える」と持ち上げられていたが、私には聴き手の集中力を削ぐというマイナスの効果を発揮しているようにしか思えないから却下。この時点でハズレを引いてしまったのではないかとの嫌な予感がした。
 ところで "Aguaribay"(アグアリバイ)がどことなく動物の種名っぽいので、私は件の奇声が何かの啼き真似ではないかとも思ったのだが、実は「テレビンノキ」という和名を持つ樹木のことである。付録の三つ折り紙に印刷されているのがきっとそれだろう。もしかすると、その木の中にいる鳥の声を模しているのかもしれない。(ちなみに、このトラックを絶賛している一般人ブログの作成者はそのように解釈しているようだが、一方オビの執筆者は「水音を想起させる」と述べている。正しいのは一体どっちだ?)
 今度はその紙を開いてライナーを読もうとした。(紙ケース収納のディスクを入手する機会が最近増えているように思うが、当盤では外側ではなく折り目側に口が開いているため、中の紙を取り出す&再び収納する場合は結構面倒である。)日本語解説や対訳はなし。それは構わないとしても、歌詞は何と4曲分しか掲載されていない。「そうなると残る11トラックは器楽曲? ひょっとして大スカに手を出してしまったのか!」と天を仰いだ私だが、実際にはそこまで酷い品ではなかった。(純器楽曲はトラック5、9、13のみであり、波多野睦美&つのだたかし名義の "Alfonsina y el Mar" と同じく「箸休め」として機能している。)
 冒頭に置かれた "Maravilla" は「驚嘆」の名に値するほどの曲ではない。が、ギターの軽快なリズムに乗せてサバーラが終始リラックス・モードで歌っているのは実に快い。正直なところ「ヘタウマ」レベルの歌唱力とは思うが、こういう曲にはピッタリである。(ちなみに彼女の声と歌い方、日本人の誰かと似ているような気がして仕方がないのだが、アレだというのがどうしても思い付かない。苛つく〜。)1曲飛ばしてトラック3が問題の "Aguaribay" だが、ここでは掲載された詞は用いられず、「ラーラーラーラーヤー、ラーラーラーヤーラー」などとヴォカリーズで歌っている。とにかく奇声が封印(序奏のみに限定)されているのが大きく、落ち着いた気分で聴けさえすれば名曲と判るまでにさして時間は要しない。(なお、最後のトラック15に収められた方はオマケと同じ「シャックリ連発ヴァージョン」であるから、今後はその直前で再生を止めることになるだろう。)作曲したのは歌手自身。大した腕である。先の "Maravilla" も同様と遅まきながら知った。自作自演は全部で6曲(ただしタイトル曲が2度使用されているから計7トラック)収められているが、いずれも完成度は非常に高い。特にギター独奏曲の "Tango - incertidumbre"(トラック9)は「タンゴの破壊者」ことアストル・ピアソラの作ではないかと錯覚してしまったほどだ。既存曲のカヴァーも多くは見事な出来映えである。(少し戻って、やはり自作の7曲目 "Aire soy" では、出だしの "Yo soy yo" が「ショーソイショ」と典型的なアルゼンチン式の発音だったので思わず笑ってしまった。他にも "estrella" が「エストレーシャ」など数え上がればキリがないが・・・・)  ただし、それらを理由にサバーラを超一流の実力者と認定するのは少々早計であるようにも思う。ここで10曲目 "Los ejes de mi carreta" にクレームを付ける。しばらくは気が付かなかった。アタワルタ・ユパンキの代表作&超名曲であると。というのも、本来ないはずの重唱部を(多重録音により)勝手に加え、伴奏の半歩後ろを行くように(つまり少し崩して)歌い、しかもメロディを一部変えていたためである。悪質な改竄とまでは言わないが、あのシャックリと同じくアイデア倒れに終わっているという感は否めない。ついでながら、「犬」の宣伝文にあった「ユパンキなど先達の精神・フィーリングもリスペクトしている」というコメントにも疑問符を付けたい。
 ということで、ひとまずは70点とするものの、海 or 山のものと知れるまで評価を保留(先送り)したいというのが本音である。(←「山海の珍味」扱いかい?)とはいえ、次のアルバムも是非聴いてみようとの意欲は(少なくとも今のところは)は持っていない。

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