Serie Platino
1996
RCA International 33393

 何といっても冒頭の "Eres tú" が圧倒的完成度を誇るが、この曲については後で触れる。残り19曲もなかなかに素晴らしい。"¿Quién te cantará?"、"La barca de oro"、"Secretaria"、"Charango"、"La otra España"、"Los amantes"、"Adiós amor" など、繰り返し聴く内に(さすがに歌詞は無理だが)メロディを憶えてしまった。とても親しみやすい。またアタワルタ・ユパンキのカヴァー "Arriero" と "Viajerita"、そして「四季」(ヴィヴァルディ)の「秋」第1楽章の編曲 "Otoño" では美しいコーラスを聞かせてくれる。(澄んだ声の女性ソロはエスティバリス・ウランガ だろう。)値段も手頃(ネット通販で1500円以下)だし、中期以降にこだわらないのであれば当盤が1枚あれば十分かもしれない。駄曲が全くないため90点としておく。
 ところで "Eres tú" に続くヒット作は "Tómame, déjame" のようだが、私はこの曲(1974年録音)をあまり評価していない。曲の造りが "Eres Tú" と瓜二つ(早い話が「二番煎じ」で、実際に直後の5thアルバムに収録されている)だし、アマヤ・ウランガがちょうど変声期(前期から中期への移行期)にあったのか、声がやや不安定で聞き苦しいからである。情熱を込めようという意識が強すぎたのか、時に媚びを売るような歌い方になるのも気に入らない。むしろ私は "El color de tu mirada" を採りたい。スローバラードというカテゴリならモセダーデス中でベストではないか。ニ長調からト長調への転調も非常に効果的である。(この点で思い出したこと。今年=2006年3月に亡くなった作曲家・編曲家、宮川泰の司会によるベストテン番組で聴いたから1980年代後半である。今調べてみたらFM東京制作の「コーセー化粧品 歌謡ベスト10」だった。彼は初めて紹介する曲について、どこがどのように優れているかを専門家の立場から説明してくれた。渡辺美里の出世作 "My Revolution" は、セオリーから外れた転調が極めて効果的だという話だった。確かにあれは素人の私にも強烈な印象的を与えた。そういえば渡辺は自信たっぷりの話し方のため音楽雑誌の投稿コーナーで「成り上がりのクセに偉そうにしている」などと謂われのない批判を受けていたと記憶している。私自身は別に好きでも嫌いでもない。歌が結構上手いのは認めているが・・・・結局何が言いたかったのか全くわからない脱線になってしまった。)
 さて予告したように"Eres tú" について書く。大学院生時代、実験室でこの曲を聴いていたら同僚(今は同業者)のYさんが、「この曲は "Let it be" とコード進行が同じですね」と言った。ビートルズのコピーバンドのメンバーだったという彼によると、「パッヘルベルのカノン」(今調べてみたところ、バッハの「G線上のアリア」もそうらしい)と同じ「| C G | Am Em | F C | F G7|」という和音進行を用いた有名曲がかなりの数に上るということだった。それが "Let it be" であり、他に私が知っている曲としては「なごり雪」や「大阪で生まれた女」であり、そして "Eres tú" という訳だ。ネット上のあちこちで「黄金のコード進行」という言い回しをみたが、「黄金比」のように人間の美的感覚に訴えかける何かがあるのだろう。そういえば、あるサイトに「ちなみにこの曲は西城秀樹さんの「ブルー・スカイ・ブルー」の元歌だとバラしてしまいます(笑)」という記述が出ていた。確かに似てることは似てるが「元歌」(パクリ)と決め付けるのは可哀想だ。西城のも名曲である。

おまけ
 実は当盤はもう手元にない。(なのでディスクの番号は通販サイトを参照した。)かつて出入りしていたスペイン関係サイトのオーナー、Oさんに譲ったのである。彼のBBS上でスペイン音楽が話題となった際、私が「モセダーデスはお勧め」と書いた行き掛かり上、ということでもないが、その良さを知ってほしいという気持ちを込めて郵便で送った。(ちなみに、この方はキリスト教三大聖地の1つ、Santiago de Compostela に至る巡礼の道を自転車で、それも異なる経路で複数回走破されたという根っからのスペイン好きである。私はラテンアメリカへの愛着では人後に落ちないものの、行ったこともないスペインはからっきしである。よってBBSでは「多勢に無勢」だったため、次第に足が遠のくこととなった。そういえば、ワールドカップ98年フランス大会ではパラグアイとスペインが同じ予選グループに入るという「呉越同舟」状態だったが、熾烈なリーグ戦を勝ち抜いたのはパの方で溜飲が下がったことを思い出した。なお、更新こそ停止しているようだがサイトは今もって健在である。)数日後に御礼メールを頂いたが、トラック20の "Adiós amor" がかつてスペイン語の教室で聴いた懐かしい曲だったという以外に感想は記されておらず、超名曲の "Eres tú" に感銘を受けられたという様子でもなかった。私としては全く拍子抜けだったが、もちろん文句を言うのは筋違いである。音楽の魅力というのは所詮そういうものだ。いや、それだからいいのだ。

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