インディア(India)

Sobre el Fuego
1997
RMM Records RMD 82157

 このプエルト・リコ(←区切り方を間違ってはいけない)出身、現在マイアミやヌエバ・ヨルクなどで活躍している歌手の名前(芸名)には、正直なところ抵抗を覚えなくもない。(ジャケットを見ると肌の色はそこそこ黒いけれども、特にアジア系の血が特に濃いようには思えない。ちなみにブックレット内部に掲載されている写真の一部はどことなくながらマイケル・ジャクソンっぽい。)が、本名に由来するものならケチを付けても仕方がない。とりあえず攻撃は控えておこう。
 ラテン音楽CDの収集を始めて比較的早い時期に知った。他ページでも採り上げた非大手のネット通販から買ったと記憶している。「歌がメチャクチャ上手い」といった紹介文にそそられて手を伸ばしたのではなかったか。その宣伝文句に偽りはなかった。だが当盤に満足できたかといえば・・・・
 トラック1 "Me cansé de ser la otra" のロマンティックな出だしを聴いて「なかなかいいじゃないか」と思った私だが、18秒頃から打楽器リズムが加わり、42秒過ぎから騒がしさを増すとともに印象は急降下。「なーんだサルサか。」質は高いが、私の好みではないジャンルだからしゃーない。ならば次曲に期待するだけのこと。
 だが聴き進む内にイライラが募り、遂には愕然とした。「こんなんばっかしじゃないか!」と。どの曲もスローテンポの導入部は素晴らしいのだが、途中からことごとくチャカチャカになってしまう。そうと知っていたなら絶対に手は出さなかった。繰り返すが、この人の歌唱力は本当に凄い。特に惚れ惚れするような声の伸びについては比較対象がすぐには思い浮かばないないほどだ。(純粋に技術だけを評価基準とするならば、マイ・ベストの座に就けても構わない。)なので、「最初の数十秒みたいな音楽をバックにバラードなどを歌ってくれさえしたら、どれほど感動できただろうか」と本当に悔しくて仕方がなかった。(ついでながら、コーラスは小気味よいことに加えて揃いも抜群だ。)
 当盤は10曲収録でトータル約53分。つまりトラック当たりの演奏時間は平均5分を超える(最長は6分ジャスト、最短でも4分42秒)。そのため否が応でも途中で飽きてくる。加えて高音部ではインディアの鋭い声(註)とチャカチャカリズムのツープラトン攻撃が神経に障ってくる。それで数度聴いてお蔵入りにした。(註:他の歌手のページでは「日本人歌手の誰かと似ているはずだが思い出せない」などとイライラを綴った私だが、こちらはすぐ判った。広瀬香美である。もう10年以上前になるが、私はスキーのアルペンのCMで彼女の絶叫気味の歌が流れてくる度にチャンネルを変えていた。防衛本能が働いたためである。だが、最近久しぶりに耳にしてみたら平気だった。私の側に耐性ができたのか、それとも先方の声が丸くなったのか、理由は定かでないけれど。)
 ちなみに本作は99年に国内盤「ソブレ・エル・フエゴ」(MCAビクター、MVCK-24011)もリリースされたらしいが、アマゾンの販売ページ(ただし在庫切れ)にはカスタマーレビュー1件が掲載されている。その最終文には「単調といえば単調で、構成にメリハリがない」とあった(それを理由に星4つから3つに減点)が、それが全てを言い表しているだろう。いくら150km/h超のファスト・ボールでも、そればかり投げ続ければバッターの目もいつしか慣れてきて真っ芯で捉えられるようになる。クリーンヒット連発で(=火だるまとなって)ノックアウトされるのは火を見るよりも明らか。(←別に当盤のタイトルに引っ掛けた訳ではない。)そんな風に喩えられるだろうか。
 唯一、変化球を投げているといえるのが9曲目 "La voz de la experiencia"、キューバの大歌手(物故者)セリア・クルーズとの共演である。この人については既に他所で触れたはずだから簡潔に留めるが、とにかく太い声による貫禄十分の歌唱が特徴である。先のレビューからもう一箇所引くと、「セリアのドスのある声(知らないで聴いてると男性の声かとも思う)はさすが大御所」はその通りである。普段私はこういった中性的な歌声をあまり好まないが、皮肉なことに単調そのものといえる当盤では絶妙のアクセント効果を生んでいる。お陰で男女デュエットのごとく聴けるのだ。出だしから1分ほど両者(ただしメインはベテラン歌手)がボソボソ歌った後、まずクルーズが、続いてインディアが自己紹介してから本格的に掛け合いを始める。このように構成にも工夫を凝らしているため最後までダレずに済んだ。
 音楽自体に問題はほとんど存在しないといって差し支えない当盤だが、構造上の大きな欠陥により70点以上を付けることはできない。捲土重来を期待したい。

Latin Song Bird - Mi Alma y Corazón
2002
Sony DISCOS TRK87454/2-475432

 「火の上で」の評をそんな願望文で結んではみたものの、実は2年ぶりとなった次作 "Sola" の日本盤「ソラ」(MCAビクター、MVCK-24008)に対する「音作りには文句がないんだけど……、歌は相変わらず一本調子のままなのがこの人の謎」というコメント(「CDジャーナル」データベース)を目にしていたこともあって、2枚目に手を出す気には到底なれなかったし、「あれだけの才能を持ちながら勿体ないなぁ」と心底から思っていたのである。ところが、後に買った竹村淳の「ラテン音楽パラダイス」では「多彩なジャンルの曲をセクシーなボイスで伸びやかに唄って魅了する」との紹介文とともに(レーベルを移って3年ぶりに発表されたという)当盤が掲載されていた。これは朗報である。早速通販サイトに注文するつもりだったが、運良くアマゾン・マーケットプレイスで格安出品(しかも新品)をゲットすることができた。後で知ったことには翌年ソニー・ミュージック・ジャパン・インターナショナルから国内盤(SICP-375、邦題は例によって原題を片仮名書きしただけ)も発売されていた。なお、当盤で用いられた写真はいずれもMJとはまるで似ていない。つまり5年の間に大きく変貌したということである。どうでもいい話だが。
 当盤でもサルサ(ただしブックレットでは "Tropical" という呼称を使用)が5曲と多くを占め、同じくチャカチャカ系のメレンゲも1曲入っているとはいえ、間にBolero(ボレーロ)やBalada(バラード)といった他種の音楽が適宜挟み込まれている。また、14曲で約58分、つまり4分ちょっと/トラックに短縮され、途中でウンザリという事態を招かぬよう配慮されている。
 ということで、上で論った難点は解消されているから相当な高得点を叩き出せるはず・・・・であったが、実際に聴いてみるとボレーロやバラードに分類されている曲でも騒々しいため辟易させられるという点では似たり寄ったりだった。5年前の録音と聴き比べても歌の巧さやキレには全く変化がない、いや、むしろ磨きがかかっているようにも思われるし、当方に免疫ができたためか、あの甲高い声に耳を塞ぎたくなるという心配もなくなっている。どうやら責任は器楽部にあるようだ。スローな曲では編成を切り詰めるなど、ジャンルに応じたオーケストレーションの大幅な変更を検討しても良かったのではないか? いや、そうすべきであったと強く思う。"Traición" の熱帯版(トラック2)とポップ・バラード版(同13)を聴き比べても私にはテンポの違いしか感じられない。そういえば、一部トラックで使われている合唱も上手いことは上手いが、全く代わり映えしないのは困りものである。結局のところ、多少の改善は認められたもののメリハリ欠如という点は従来と一緒である。
 そんな訳で常識ラインでの最高点(90点)からの大幅減点はもはや避けられない情勢だが、バラード系(Balada、Pop/Balada、およびBachata/Balada)の一部には美しいメロディによる名唱を堪能できる秀逸トラック(8曲目の "Sucédeme" と12曲目の "Confiando en tí")もあった。それを勘案して80点としておく。
 それにつけても、このようなシミジミ系音楽にまでラッパがしゃしゃり出てくる必要が一体どこにあるのか?(先述の2曲では乱入してこないから助かった。)高音をがなり立てるのは朗々たる歌唱の邪魔になっているだけと違うんかい! などと考えている内にだんだん腹が立ってきたのでこの辺で止めておく。

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