ザ・ベリー・ベスト(The Very Best)
1989(初出は1986)
Epic International 25・8P-5266

 日本のみで発売されたベスト盤らしい。まずブックレットを褒めておく。歌手紹介と曲目解説(永田文夫)、歌詞と対訳(高場将美)、そしてディスコグラフィ(CDのみ)で全28ページだが、どれも文句の付けようがない。これほど充実しているのは珍しいのではないか。(ここで余談:1ページの歌手経歴中に「『レアル・マドリード』というサッカーティームのゴールキーパーだったフリオが、自動車事故に遭ってプロ選手となるのをあきらめ」というくだりがある。まだ我が国ではサッカーがマイナースポーツであり、ましてやリーガ・エスパニョーラなど余程のコアなファンの間でしか話題にならなかったであろう時代を反映しているようで面白い。ついでに近年凋落の兆しも見せている糞イレアルが忘れ去られるなら私としてはさらに面白いのだが、と暴言も吐きたくなるけれど、あのアホ面がいなくなるみたいだからまあいいや。)原題からかけ離れた日本語タイトルが結構目に付くが、明らかに不適切とまで思ったものはない。("Nathalie" に原曲のロシア民謡のタイトルをくっつけて「黒い瞳のナタリー」としているが、これ位なら許そうという気になれる。)まあ時代が時代だからと納得することにした。
 1972〜85年の音源から14曲が選ばれており、ことごとく名曲&名唱だが、"Hey" や "Nathalie" など特に気に入ったトラックの多くは80年代に発表されている。一方、70年代の録音については、「弱々しい」や「ナヨナヨしている」は言い過ぎとしても線の細さが気になる。(ただし「そこがいいんだよ」として私とは逆の評価をする人もいるだろうとは思う。)例外が "Abraçame" である。文字から想像できるようにポルトガル語曲である。(仏語も考えられるか。)これが非常に素晴らしい。いや、当盤中で最高の出来ではないか。冒頭から発作的に「アブラゼミー」と替え歌を始めてみたくなってしまうが、実際この動物種の啼声が席巻する蒸さ苦しい夏を思い起こさずにはいられないほどである。しかしながら、このネチっこい歌唱は伴奏と見事にはまっている。"Raíces" でのブラジル・メドレーにも感心したが、もしかするとイグレシアスは西語よりも葡語で歌う方がポテンシャルを発揮できるのではないかとすら思えてきた。彼は葡語、仏語、伊語、英語のアルバムも積極的にリリースしている。それも単に同じ曲を複数言語で歌うというレベルに留まらず、 "Ao Meu Brasil"、"Vous Les Femmes"、"Momenti" など、その言語だけのオリジナル盤まで作ってしまうのだから凄い。手を出してみようかという気にもなる。(同様の才人なら女性にもNana Mouskouriというギリシャ人歌手がいる。)
 そんなに好きではない曲が混じっていることもあり、"Raíces" ほどは聴く機会がないのだが、完成度で評価すれば90点は下らないだろう。

おまけ
 イレアルにせよ某レーベルにせよ、あるいは一部の音楽評論家にせよ、私が悪態を吐いてきた対象はいつしか落日の憂き目に遭っている。最近それに気が付いた。間違いない。当サイトはデス・ノートとして機能するのだ!(というのはもちろんデタラメで、要は私を含む大勢の顰蹙を買うような真似を続けていれば遅かれ早かれ斜陽化する運命から免れ得ないというだけのことである。)

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