Tango(タンゴ)
1996
Epic/Sony Records ESCA-6674

 パラグアイ在住中にはRAE(アルゼンチン海外向け放送局)から流れてくるタンゴを毎日のように耳にしていた。また、日本に戻ってからもNHK-FMからエアチェックしたテープをたまに聴いていた。要はそれなりに関心のあるジャンルだったということである。1枚ぐらいはCDが欲しいと思っていた丁度その頃に当盤のリリース情報を得た。イグレシアスが歌うタンゴはちょっとイメージしにくかったけれど、面白い作品に仕上がっているかもしれないという期待により予約注文して入手した。ただし、既に述べたように満足満足とはいかなかった。
 ここではブックレットについては触れられない。カラーの西語版、モノクロの日本版とも折りたたみ式(1枚の紙)だから。お陰で取り出しが少々厄介だ。前者の歌詞の裏に印刷されたDiccionario del Lunfardo(ブエノスアイレス独特の言い回しの解説)や後者の解説と対訳(ともに高場将美による)は読み応えがあるのだが。
 当盤も作品としての質は十二分に高い。歌唱も伴奏も。エレキギターを加え、斬新なアレンジを施したトラックもあるが、決して格調は損なわれていない。結局は当方の都合によって違和感を覚えてしまっただけである。まずタンゴの代名詞ともいえる冒頭の "La cumparsita" だが、これを器楽のみで長いこと聴いてきた私は "Si supieras" で始まる歌がどうしても馴染めないのだ。何かの雑誌(忘れた)の新譜紹介にて「歌入りは珍しい」とコメントされた7曲目 "El choclo" はさらにそうである。こっちはあらゆるタンゴ中で最も好きなメロディなのだが。全く身勝手なものだとは思うが、慣れというものは恐いもので自分にはどうしようもない。(ところが他のラテン音楽となると、私は歌なしの演奏はまず聴く気にならない。ブックオフなどで超安売り品を見つけても、裏に「○○楽団」とだけあって歌手名が記載されていなければ買う気が失せる。)他のトラックはその点では問題なしだが、ちょっとゴージャスに過ぎるという印象である。例えばラス前 "Caminito" であるが、歌唱自体は76年旧録音を上回っているものの、トータル的には質素にまとめた向こうに軍配を上げたくなる。トリを務める "Mi Buenos Aires querido" も味付けが濃すぎ。12曲トータルで34分ちょっとという短時間収録だが、これで沢山という気がする。と難癖ばかり付けてしまったけれど、こんな偏見などを持っていなければ見事な音楽を堪能できることは請け合いだ。なので80点としておく。
 なお、上の不満を解消するためと称して昨年(2006年)にMarcelo Álvarezの "Sings Gardel" を買った。当盤のイグレシアスほどは違和感を覚えずに済んだけれども、生真面目すぎる歌唱がもう一つしっくり来ない。(いつか評を執筆するかも。)なお、その最後のトラックが "Mi Buenos Aires querido" で、ガルデルの残した録音(それもテープで持っている)との合成によるデュエットを繰り広げていた。作曲者の歌唱力はお世辞にも優秀とはいえない。が、あの大らかな歌いっぷりは余人には真似のできないものだと思った。もしかするとタンゴはヘタウマぐらいの歌手で聴くのが丁度良いのかもしれない。

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