プラシド・ドミンゴ(Plácido Domingo ←本ページ作成までアクセント記号に気が付かなかった)

From my latin soul(わがラテンの魂)
1994
EMI TOCP-8334

 ノーマン同様、本業はクラシック畑ながらドミンゴのディスクを紹介する。とはいえ、ここでの彼はラテンの歌手としての実力を遺憾なく発揮している。とてもオペラ歌手の余技どころではない。よって当サイトで採り上げるにはまさにピッタリといえる。
 いわゆる「三大テノール」中で最もウェットな声質であるため、もしかするとベタベタ歌唱に辟易させられるのではないかと危惧しないでもなかったが、決して「やりすぎ」にならぬようドミンゴは心得ていたようで、許容範囲内には優に収まっている。トラック1はトリオ・ロス・パンチョスの名唱で親しんできた "Aquellos ojos verdes"(グリーン・アイズ)だが、この曲を聴き終わった時点でホッと胸をなで下ろすことができた。1曲目出だしの「アランフエーーーーース」を聴いて「ダメだコリャ」と思ってしまったカレーラスとはエラい違いである。最初から例の濃厚な節回しで攻め立ててくる。ただし、力を抜くところではちゃんと抜いてくれるから息苦しさを感じないで済む。一生懸命歌っているだけのホセ君も見習うべきであった。
 ラテンの名曲がセレクトされているため音楽の質は全く問題ないし、全16トラックのうち10がメドレー(2〜3曲)で変化に富んでいるのも嬉しい。また4曲目 "De México a Buenos Aires" の作曲者はP. Domingo, Jr.(つまり歌手の息子)であるが、「縁故採用かい」などと嫌味を言いたくなるような駄曲では決してなかった。(ただし、ブックレットの曲目リストに "Music: Plácido F. Domingo" とある一方で、解説はなぜか「作曲は彼の愛する息子プラシド・ドミンゴ・オルネラス」となっている。またやらかしたのか東芝EMI?)最も素晴らしいと思ったのはトラック11の "Alfonsina y el mar - Gracias a la vida" で、これは「BI砲」こと馬場&猪木級の最強タッグである。曲もさることながら、これほどの大熱唱はそうそう聴けるものではない。(いつか当サイトでも触れるつもりだが、ペルーに生まれメキシコに移住した某女性歌手など足元にも及ばない。)ここでデュエットしている女性歌手は完全に蚊帳の外だが・・・・まあ足を引っ張っていない分だけ良しとせねばなるまい。それに対し、快速テンポの曲を並べたトラック6 "El humahuaqueño - Caballo viejo - Moliendo café" は字余り(舌足らず)の感じが何とも可笑しかった。(余談だが、リストにはカタカナ書きによる原題表記に加え、既に定着した日本語タイトルも括弧内に併記されている。一応書いておくと「花祭り ─ バンボレオ ─ コーヒー・ルンバ」だが、このうち真ん中については妥当性に疑問がある。たぶんフリオ・イグレシアスのディスク評に書く。)実際には歌手の表現力と曲の規模とが全く釣り合っていないだけなのだろうが、たどたどしく聞こえてしまうのは事実である。またトラック9 "Manhã de carnaval - Brasil" の後半曲もサンバなのにノリがいまいち悪いのが惜しまれる。(バックコーラスの方が断然良い。)なお、「黒いオルフェ」の方は(ただでさえ西語より粘着力が強いというのに)相当ねちっこいポルトガル語で歌っているが、これはこれで魅力的だと思った(理由はトラック1と同じ)。ここでも "Obrigado"(テレーザ・サルゲイロのソロアルバム)に収録されている同曲の男声と比較すれば、歌手の実力のみならずポピュラー音楽への造詣の深さにも歴然たる差異が存在することが判るはずだ。(←ファンから「粘着質はお前の方だ!」と叱られそうなのでもう止める。)
 ということで基本的に満足満足という好企画だが、さらに特筆すべき点が1つある。それが女性歌手あるいは音楽集団との共演(計4トラック)である。トラック3および同14のゲスト、アナ・ガブリエルとパンドラは共に当盤が切っ掛けでディスクを購入するに至った。(トラック5のダニエラ・ロモには特に魅力を感じなかったが、実力者らしいので手を出す可能性はある。トラック11のパトリシア・ソーサは同国人の大歌手と同じ名だが、彼女と関係などある訳がないと思ってしまったほどに歌も声も凡庸そのもの。果たしてその通り(縁もゆかりもなし)だった。)そして前者には大大大満足! この出会いを演出してくれたというだけでも当盤は私にとって非常に価値が大きい。前段落で述べた難点は長時間収録で相殺することとして90点、それに5点を上乗せしておこう。・・・・と思ったがブックレットの手抜きで結局それも帳消し。曲目解説は悪くないが、対訳はおろか歌詞すら載せていないのは絶対納得できない。(ただし、詞の方は後に全曲載せているサイトを見つけたため最小限に被害を食い止めた。)
 なお、このシリーズの続編も発売され、そのうち私は第3弾の "100 Years of Mariachi"(邦題「マラゲーニャ(わがラテンの魂3)」)を隣町の図書館から借りて聴いたことがある。タイトルに示されているように、メキシコ育ちの歌手がマリアッチ(マリアッチ・バンドによる伴奏付き歌曲)16曲を熱唱している。ただし、メドレーではなく1トラック1曲、ゲストなしという理由に加え、既にパンチョスやフリオ・イグレシアスのディスクで知っていた何曲かで生硬さが耳に付いたため、聴後に少なからぬ物足りなさが残った。よって自信を持って薦められるレベルにはない(55点)。ついでながら、当盤同様メドレー主体の第2集は未聴であるが、収録時間が約50分ではなかなか手を出す気にはなれない。

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